『仮止め、ディプティック、その他』

大槻英世

2014年10月25日(土) - 11月29日(土)

アルマスギャラリーでは10月25日から11月29日まで、
マスキングテープをモチーフとした絵画を制作する大槻英世の個展を開催いたします。

大槻は東京造形大学を卒業後、東京をベースに制作を行っています。
大槻の描く絵画では、一見しただけでは貼られているとしか思えないほど精緻に
マスキングテープが描かれています。絵画の制作過程において、エッジを得る為に使用され
破棄されるマスキングテープが、結果として画面上にモチーフとして現されるという転倒した絵画であり、
鑑賞する側がどこで抽象と具象を知覚するのかという問いも含んでいるように思えます。
膜状に絵具がキャンバスからはみ出た作品や、一度破いてバラバラになった紙片を描いたテープで
繋ぎ合わせた作品では、絵画から立体を行き来し、本来のテープの役割を絵具に代弁させるなど、
果敢に絵画のカテゴリーを踏み越え、鑑賞者にさまざまな知的な体験を促す作品群となっています。

今展ではタイトルにあるように、ディプティック=2対の作品をメインに展示する予定です。
近年旺盛に制作・展示をする大槻の、2013年のグループ展に続くアルマスでの個展となります。
ぜひお見逃し無きようお願い申し上げます。 

日時:2014年10月25日(土)-11月29日(土) 12:00-19:00 
月火休廊 水木金はカフェ併設 土日は展示のみ

26日と27日は臨時休業とさせていただいております。 金土は通常通りオープンしております。

opening reception  10月25日(土)18:00-20:00
場所:HARMAS GALLERY

 

「仮止め」と「ディプティック」が意味するもの

絵画表現を「何かを描かく」ことと「絵具を塗る」ことに大別するならば、大槻英世の制作は紛れもなく後者に大きな比重がある。筆触を徹底的に抑制した画面やマスキングテープを駆使した表現を見ていると、絵画のために絵具を塗るというより、むしろ塗られた絵具のために絵画があるといえるほど、塗ることへの作者の執着が感じられるからだ。大槻の場合、絵画における目的と手段は次第に曖昧となり、しばしば両者が転倒していくスリリングな均衡の上で、その制作は進行しているように思えるのである。

塗られた絵具がカンヴァスに定着するならば、それは絵画の体裁となるであろう。しかし、塗る行為が突出し自己目的化していくと、支持体は最早カンヴァスである必然性はなくなる。支持体は紙きれでもよいし、塗られた絵具自体に更に重点を置くならば、支持体を限りなく消し去っても構わないことになる。大槻が絵画のフォーマットに則った表現だけでなく、マスキングテープで象った部分を丹念に塗ってテープ状の絵具の帯をつくり、それ自体を表現としてきた理由は、まさにそこにあるといってよいだろう。従って大槻の制作とは、塗られた絵具そのものの存在や魅力を際立たせていき、絵画という巨大な制度を相対化したり、解体したりする試みともいえるのだ。

こういった絵画の制度への批評性は、大槻の作品が醸し出す表情からもうかがえる。例えば、黒地に波型が浮かぶ作品は、マスキングテープを用いて描かれた線が登場するが、それらはあたかも付着したマスキングテープのような姿を示し、線の先端はテープが剥離した如く画面から浮いている。思わず失笑を誘うパロディやユーモアのセンスも特筆すべき点ではあるが、その一方で、さかむけのように剥がれた部分は線のエッジを鈍らせ、どこか心もとない印象を作り出す。同様の表情は、画面の周囲にはみ出た絵具の縁を残した菱形の作品《0号テープ》や、先端の絵具が剥がれた細長い板状の作品《89㎜テープ》からも読み取れる。もし、さかむけをめくるように、はみ出た縁や剥がれた部分を引っ張ってしまえば、絵具を丹念に塗り完璧に仕上げられた作品が直ちに傷ついてしまうことを想像すると、そこには脆弱さや儚さが、ある種のアンビバレンスとして同居しているように見える。

作品の完璧な仕上がりに対し、意図的に綻びを持たせる大槻のこのような手口は、絵画の持つ永続性やモニュメンタリティという側面に向けての批評精神の表れとして捉えることができるのではなかろうか。展覧会タイトルの「仮止め」という言葉は、その点をまさにシンボリックに伝えている。

「仮止め」の表現とは、儚く、脆いものを一時的に....生き永らえさせることである。それは、絵画を永続させモニュメンタリティを強化していくのとは異なる美意識であり、大槻特有のものといえる。展覧会にも出品されているが、ギフト用の既成の紙袋を破き、その断片を精巧に塗られた(マスキングテープのように見える)絵具の帯でつないだ作品は、そういった大槻の美意識が率直に表明されている作例であろう。しかし、一見、絵画とはかけ離れた様相を示すそれらの作品に、実は絵画への批評的な注釈が潜在していることを、私たちは忘れてはならないのだ。

ところで、展覧会のタイトルには、もうひとつの言葉、「ディプティック」もあがっている。ディプティックは二連の絵画であり、対の画面のなかで、対比、反転、鏡像、あるいは物語や時間の推移などを表現できる形式として、古くから用いられてきた。大槻のディプティックの作品のなかにも、対比や鏡像を採り入れたものがあるが、作者自身は「1枚と1枚の間の切断と接続」に関心があると語る。では、なぜ「切断と接続」なのであろうか。

この問題を考える糸口として、ディプティックを三連の絵画形式であるトリプティックと比較すると良いかもしれない。中央と両脇の画面にヒエラルキーが生じるトリプティックとは異なり、ディプティックはあくまでも対等な画面で構成される。ところがディプティックは、対等な二つの画面が築く全体像の中心が分断される(あるいは空白になる)ため、切断と接続の感覚はよりいっそう顕著に浮上する。もちろん、切断と接続はトリプティックにおいても関わってくるが、ディプティックこそこのテーマを正面から引き受けることになるのだ。

こういった切断と接続というテーマは、大槻が最初期から取り組んできた、電柱のある風景を元にした絵画に遡ることができる。大槻は電柱や電線によって風景が分節される様子をさまざまな視点から観察し、それを単純化しながら絵画へと変奏してきた。電柱や電線に含意を読み取ることもできるが、むしろそれらは視覚的な構造物として参照されており、眼前に拡がる世界を分節し、つなげ、再構築していく絵画の作法こそが問われていた。それゆえ作者が語るディプティックの切断と接続は、以前から探究してきた、絵画の分節と再構築の延長として捉えることができる。つまり、大槻のディプティックとは単なる画面形式のパターンに留まらず、切断(分節)、接続(再構築)という視点を通して、絵画表現自体の問題に深く通じているのである。そう考えていくと、これらのディプティックを、パウル・クレーが画面を切断し、再び組み合わせて新たな世界を創造したような絵画の系譜に位置付けることも可能なのだ。

平野 到 (埼玉県立近代美術館学芸員)

 

大槻 英世 Hideyo OTSUKI —————————————————————————————————————
1975年 宮城県仙台市生まれ
1998年 東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻卒業
2003年 第17回ホルベインスカラシップ奨学者

【個展】
2014年       『大槻英世展』 See Saw gallery(愛知)
2012年       『ジャスと千年~Stars down there』 ギャラリーターンアラウンド(宮城) 
2011年       『Behind the mask~ゆりあげの女~』 ZENSHI(東京) 
2010年       『Against the day』 LOOP HOLE(東京)
2009年       『Night for Day』 名古屋造形大学 U8projects(愛知)
2008年       『Chromatic Blue & White』 リブリッジ・エディット(宮城) 
2007年       『雲間ーblank between cloud』 LOOP HOLE(東京)
2006年        リブリッジ・エディット(宮城)
2005年        LOOP HOLE(東京)
2004年        リブリッジ・エディット(宮城)
2002年        23ギャラリー(東京)
1999年       『GALLERY EXPECTS』 フタバ画廊(東京)

【グループ展】  2012年以降
2014年    『Alterspace-変化する、仮説のアートスペース』 アサヒアートスクエア(東京)
                『VOCA展 2014 現代美術の展望-新しい平面の作家たち』 上野の森美術館(東京)
                『油画考 #1 コンセプト、イメージ、画材のコンジャンクション 』 児玉画廊|東京(東京)
                『美濃加茂Annual 2014』 みのかも文化の森(名古屋)            
                『FCHU OF MADNESS -無名祭祀書-』 LOOP HOLE(東京) 
                『VERSUS COLLECTION』 LOOP HOLE(東京) 
                『モノの流用、イメージの引用、その次』 児玉画廊|東京(東京)
                『シール共和国』 DOROTHY VACANCE(東京)
                 『せんだい21アンデパンダン展 2014』 ギャラリーエチゴ(宮城) 
2013年    『ショコラ・デ・府中~進撃の府人~』 LOOP HOLE(東京)
                『BORDERS』 アルマスギャラリー(東京)
                『調布会2013』 イタヅリトグラフィックス(東京)
                『せんだい21アンデパンダン展 2013』 ギャラリーチフリグリ(宮城) 
                『042 art area project 2013 スーパーオープンスタジオ』 STUDIO牛小屋(神奈川)
                『ダイチュウショー 最近の抽象』 府中市美術館市民ギャラリー、LOOP HOLE(東京)    
                『星屑のキラメキビエンナーレ2013』 新宿眼科画廊(東京)  
2012年    『ショコラ・デ・府中~2012府中の味~』 LOOP HOLE(東京)
                『メメント調布』 トコン・ダラーム・バサール(東京)	
                『第八回造形現代芸術家展』 東京造形大学付属横山記念マンズー美術館 (東京)
                『シール共和国』 DOROTHY VACANCE(東京)
                『460人展』 名古屋市民ギャラリー矢田(名古屋)            
                『16人の若手作家たち』 啓裕堂ギャラリー(東京)
                『Unknown Life』 早稲田スコットホールギャラリー(東京)
                『転々と』 ギャラリーカフェ二モード(東京)
                『はじまりはアートの旅』 ギャラリーかれん(神奈川)
2011年    『ショコラ・デ・府中・デルトロ府人のレシピ』 LOOP HOLE(東京)
                『OTHER  PAINTINGS』 六本木ヒルズA/Dギャラリー(東京)      
                『YELLOW ROAD』 DOROTHY VACANCE(東京)      
                『そうさく的なものの明日に』 ギャラリーかれん(神奈川)
                『星屑のキラメキビエンナーレ2011』 新宿眼科画廊(東京)  
2010年    『ショコラ・デル・トロ・フチュウ』 LOOP HOLE(東京)
                『マスキングと絵画』 武蔵野美術大学 KABEGIWA(東京)
                『アート天国~虎の巻~』 松の湯 (東京)
                『Zona Maco 2010』 Centro Banamex (メキシコシティ)             
                『表現者蹶起集会Ⅱ』 エーデルプラッツェビル(大阪)
                『有馬かおるーnatural freedom』ゲスト参加 ZENSHI(東京)
                『ぴんきら』 現代HEIGHTS Gallery (東京)
                『ワクワクislandハウス』 island(千葉)